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千葉地方裁判所佐倉支部 昭和55年(ワ)1号 判決

当事者の表示

別紙(略)当事者目録記載のとおり

主文

被告は原告らに対し、別紙請求債権目録記載の金員及びこれに対する昭和五五年四月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを二〇分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は原告らに対し、別紙請求債権目録記載の金員及びこれに対する昭和五四年一二月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項について仮執行宣言。

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告(以下、会社ともいう。)は、民間定期航空運送事業に従事するアメリカ法人であり、日本において肩書地(略)並びに成田、大阪等の空港に営業所を有し、日本地区において約五〇〇名の従業員を雇用し、事業を行なっている。

原告らは、いずれも会社の従業員であり、パンアメリカン航空労働組合(以下、組合という。)の組合員である。

なお、組合は、昭和三九年九月一七日に会社の日本地区で働く従業員をもって結成され、昭和五五年一月一日現在約三六〇名、同年九月二五日現在約三三〇名の組合員数を有する。

2  昭和五四年冬期一時金をめぐる経過

(一) 組合は会社に対し、昭和五四年一〇月二五日、冬期一時金の要求書を提出した。これに対し会社は、同年一一月八日、組合に対し次のとおり回答した。

(1) 金額 基礎額×三・五ケ月

(2) 基礎額 昭和五四年一一月三〇日現在の基本給、住宅手当、家族手当及び年功手当の合計額

(3) 対象期間 昭和五四年六月一日より同年一一月三〇日まで

(4) 支給対象資格(略)

(5) 計算方法 対象期間中無給で完全に就業しなかった社員に対しては左記の計算により支給される。

支給額=賞与対象額×対象期間中の就業月数/6

就業月数とは暦月で、その月の予定勤務時間の五〇%を超えて無給で欠勤した場合、その月は就業月数に加算されない。

尚、無給欠勤時間がその月の予定勤務時間の五〇%以下である場合は、左記により減額する。

支給額=賞与対象額(A)-(A)×アンダータイム/907.8

(6) 支給日 昭和五四年一二月一〇日。但し、一一月末日までに妥結した場合に限る。その後はその時に支給日を決定する。

(二) その後労使間で交渉が何回か行われたが、右(5)の尚書に定める欠勤控除規定(以下、本件欠勤控除規定という。)について合意に達せず、支給日である一二月一〇日が近づいたので、組合は同月四日右会社回答中本件欠勤控除規定以外の分についてはすべて合意する旨会社に通知した。

(三) 会社は、同月一八日の団体交渉において、組合に対し会社回答に従って一時金を支給する旨通知し、同月二一日、全従業員に対し会社回答に従って一時金を支給する旨の文書を掲示板に掲示し、同月二九日までに全従業員に会社回答通りの一時金を支給した。

(四) 原告らが本件欠勤控除規定の適用を受けなければ得たであろう一時金と現実に受領した一時金との差額は、別紙請求債権目録記載の金額である。

(五) 被告は、原告らに支払った右一時金は会社の一方的意思に基づく仮払いである旨主張するが、

第一に、右のごとき「暫定的支給」とか「仮払い」という言葉は、本訴訟になって初めて主張されたことで、何回かの労使間の交渉において一切そのような主張がされていないこと。

第二に、会社の一時金の支給を表明した(証拠略)の文書にも一切「暫定的支払い」なる文言は存在しない。もし会社が、前記一二月二九日の一時金の支給を「仮払い」等と主張するのであれば、その支給される段階で「のちに支給率が変更し、精算の問題が発生する」等々明示すべきである。けだし、受領する従業員側にとっても一時金受領にあたって、一時金の支給条件については重大関心事であるのみならず、使用者にも一時金の支給をする以上、労働条件の事前明示義務が存在するからである。

第三に、(証拠略)の文書には、「一九七九年冬期ボーナスを会社の提示に基き…支払うことをここに確認します」と記載され、更に会社の本件欠勤控除規定の正当性を述べているだけであり、「…会社は組合の理解を得るため…組合と交渉を続けていくつもりです」と述べているだけで、右文書並びに(証拠略)、その他労使間の交渉経過からして、「組合と交渉を続けていく」のは本件欠勤控除規定についてのみである。(証拠略)の基礎額、支給金額等は「…支払うことを確認します」と確定的に支払うことを表明しているのである。ここには「仮払い」「精算」という問題は発生する余地のないものである。

第四に、昭和五五年四月二九日会社は、本件については「会社も本件の解決は司直の判断を受けて行なう」としている以上、いずれにしても労使間で協定が成立する可能性は不可能であるし、協定が成立しない以上、会社の回答は不変ということになる。

以上のとおり、会社の冬期一時金の支給行為は確定しているものである。

3  昭和五四年冬期一時金差額請求権の根拠

(一) 給与規程

(1) 会社の就業規則第一五条A項には「給料及び諸手当の決定……は、日本支社給与規程に定められた規定による。」と定められ、その給与規程第一二条には一時金について次のとおり定められている。

A 一時金の期間

夏期一時金の支払計算は一二月一日から翌年の五月三一日までとする。

冬期一時金の支払計算は六月一日から一一月三〇日までとする。

B 支払計算

次の計算はボーナス期間の途中に採用された社員又は、ボーナス期間中に無給で完全に就労しなかった社員に適用する。

支払額=一時金全額×一時金期間中の就業月数/6

無給の欠勤がその月の予定就労時間数の五〇%を超えたなら、その月は数えられない。

C 資格

五月三一日現在給与表上の社員と休職(LOA)社員は夏期一時金受給の対象となる。

五月一五日以降に採用された社員は除く。

一一月三〇日現在給与表上の社員と休職(LOA)社員は冬期一時金の受給対象となる。

一一月一五日以降に採用された者は除外する。

D 支給日

夏期一時金は通常六月一五日、冬期一時金は一二月一五日に支払われる。

(2) なお、被告は、給与規程第一二条B項は無給の欠勤が月間就労予定時間数の五〇%を超えた場合の規定であって、「五〇%以下」の場合については給与規程は白紙であると主張するが、以下に述べるとおり理由がない。

第一に、右B項は一時金について全額支給されない場合を規定しているのであるから、このような場合五〇%を超えた場合の一時金控除規定が規定されておれば、それ以外の場合(「五〇%以下」の場合)、全額支給すると解するのが規定の趣旨から考えて当然である。

第二に、給与規程第一一条B項は月例賃金に関する欠勤控除規定であるが、それによると、

賃金の欠勤控除計算方式=基本月給×アンダータイム/平均月間労働時間

となり、この規定に基づき月例賃金の場合はその無給欠勤時間に応じて控除されてきた。したがって、右の規定の趣旨からして、月例賃金については無給欠勤は全部控除するが、一時金については五〇%を超える場合のみ控除するという趣旨で第一二条B項は制定されたものと解するのが給与規程全体の趣旨からも当然である。

第三に、会社が右のとおり考えていたからこそ、後記(二)で述べるとおり、「五〇%以下」の無給欠勤の場合、一時金について会社は従来から全額支給してきたのである。

更に、被告は、給与規程第一二条B項は通常の欠勤の場合を規定したものであり、ストライキ、又はこれに準ずる組合活動により不就労になった場合のことは全く規定していないと主張するが、後記(二)で述べるとおり、会社はストライキ、組合活動による無給欠勤の場合でも右B項を適用してきた歴史的事実が存在する点からして全く理由がない。

(二) 昭和五四年夏期一時金までの経過

(1) 昭和三九年冬期一時金

組合は、昭和三九年一一月二一日、「オリンピックボーナス」を要求して五時間の時限ストを実施した。これに対し会社は、同日から同年一二月二日までロックアウトを実施した。そして、同月二三日、一時金についての労働協約が締結された。このとき無給欠勤が発生し、賃金からストカットが行われたが、一時金からは全く控除されなかった。

(2) 昭和四〇年夏期一時金

前記(1)のロックアウトは昭和三九年一二月二日まで及んでいるのであるから、一二月一日、二日の無給欠勤は昭和四〇年夏期一時金の控除対象になるはずであるが、右一時金からは一切控除されなかった。

(3) 昭和四〇年冬期一時金から昭和四四年冬期一時金

この間の一時金についての労働協約には支給月数のみが定められている。そして、この間組合のストライキはなかったが、組合役員の組合活動による無給欠勤があったものの、一時金からは控除されていない。

(4) 昭和四五年夏期一時金から昭和四八年冬期一時金

この間の一時金についての労働協約には支給月数のほかに「手当の計算については現行の会社規定に依るものとする。」との文言が導入された。そして、この間組合員の組合活動、ストライキ等による無給欠勤が発生したが、「五〇%以下」の者についての控除は一切されなかった。

昭和四八年冬期一時金の対象期間中に組合役員が五〇%を超える無給欠勤をしたため、会社は右一時金について組合委員長につき六分の五を、書記長につき六分の二を控除した。このときの一時金についての労働協約は前記のとおりの内容であったから、右一時金の控除は給与規程第一二条を根拠とするものであった。

なお、右一時金の控除相当分と思われる金一〇〇万円を会社は「解決一時金」として組合に支払ったが、右のことは、組合活動、ストライキ等に給与規程第一二条が適用されていたという原告らの主張を否定するものではない。

(5) 昭和四九年夏期一時金から昭和五三年冬期一時金

この間の一時金についての労働協約には支給月数のほかに給与規程第一二条と同内容の文言が導入された。これは、従前の協約には一時金の計算方法が「会社の規定による」とあったのを明確にするために給与規程第一二条B項の文言がそのまま記入されたものにすぎない。そして、この間「五〇%以下」の者が大量に発生したが、一時金からは一切控除されなかった。

この間五〇%を超える無給欠勤が発生し、その控除について労使間の交渉があった。すなわち、昭和四九年夏期一時金、昭和五〇年冬期一時金について会社は五〇%を超える組合員について控除する旨回答したが、労使の交渉により政治的に解決した。昭和五一年夏期一時金について、会社は組合委員長につき六分の二を控除し、同年冬期一時金についても同時に控除した。昭和五二年夏期一時金については、会社は控除する旨回答したが、その後、現実には控除されなかった。

右のとおり会社が五〇%を超える無給欠勤した組合員の一時金からの控除を言明しているのは、いずれも給与規程を根拠にしているものであるから、会社としては給与規程第一二条がストライキ、組合活動にも適用されると考えていたことにほかならない。これに対し組合は、組合活動、ストライキによる無給欠勤の場合、給与規程第一二条が適用されることを前提として、組合役員については控除しない配慮をするよう要求して、その都度政治的に解決してきたのである。

(6) 昭和五四年夏期一時金

同年の春闘をめぐる会社の態度は、既得の労働条件を全面的に奪うという差し違え条件とひきかえに四・三%を昇給させるという不法・不当なものであった。これに対し組合は、東京都地方労働委員会に右不当条件の固執が不当労働行為である旨の救済申立をした。このような動きの中で会社は、昭和五四年夏期一時金についての「五〇%以下」の欠勤控除規定を提案してきた。しかし、会社は組合員に対しては、前記の未妥結を理由に夏期一時金の支給を拒否しながら、他方で、非組合員に対しては昭和五三年度賃金(旧レート)を基準にして基礎額の三・五ケ月分を既に支給していたため、都労委の公益委員は口頭で、非組合員と同一基準で直ちに一時金を支給するよう命じた。会社はこの段階で初めて組合員に対し、非組合員と同一基準で夏期一時金を支給した。この場合、公益委員からの勧告であったので、組合員についても当然「五〇%以下」の組合員は控除されていた(なお、五〇%を超える組合員はこのときはいなかった)。そして、会社は、同年八月二〇日、突然、組合に団体交渉の申入れをし、前記欠勤控除規定を撤回する旨回答してきた。その結果、同年九月五日、従前通りの条件で夏期一時金の協定が成立した。

(三) 「五〇%以下」の無給欠勤については一時金から控除しない旨の労使間の合意又は慣行の存在

第一に、会社の給与規程第一二条には一時金の計算方法が定められており、五〇%を超える無給欠勤についてはカットする旨の規定が存在すること。

第二に、右給与規程第一二条は前記(二)で述べたとおり、ストライキ、組合活動にも適用されてきた事実が存在すること。

第三に、組合が結成された昭和三九年から昭和五四年夏期一時金までの間、「五〇%以下」の無給欠勤が多かれ少なかれ発生しているにもかかわらず、一切一時金から控除していない事実。

第四に、右の間一時金の控除しなかったことについて、会社も一切異議を留めなかった事実。

以上の事実からすれば、本件労使間には「五〇%以下」の無給欠勤については一時金から控除しない旨の明示又は黙示の合意、若しくは慣行が存在していたことになる。

(四) 右の労使間の合意又は慣行は、給与規程第一二条の規定とあいまって原、被告間の労働契約の内容になっていると解すべきであり、本件一時金についての本件欠勤控除規定を除く会社回答は、前記2で述べた通り、一二月二九日までに会社が現実に支給したことによって確定したこととなる。したがって、本件欠勤控除規定の不利益変更を呑まない限り、一時金を支給しないとか、勝手に控除して残金を支払うことにより、不利益変更を呑むよう強要することは、従業員の自由意思を奪うことになって極めて不当である。

右のごとき不利益変更は従業員の同意がない限り許されないものであり、その同意なしで一時金を控除しても、右控除行為は法的には無効であると解すべきである。

4  よって、原告らは被告に対し、本件一時金の差額である別紙請求債権目録記載の金員及びこれに対する遅くとも支給を受けた日の翌日である昭和五四年一二月三〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2の(一)ないし(三)は認める。

同2の(四)は否認するが、仮に、本件一時金に関する会社回答のうち、本件欠勤控除規定のみを適用せず、その他の条件を会社回答通りにして一時金を計算すれば、原告らが現実に受領した金額との差額が別紙請求債権目録記載のとおりとなることは認める。

3  同3の(一)の(1)は認める。

同3の(二)については、一時金支給開始後、一回も「五〇%以下」の無給欠勤について控除されていないことは認める。

同3の(三)、(四)は争う。

三  被告の主張

1  会社が原告らに支払った一時金は会社の一方的意思に基づく仮払いである。

本件一時金については、会社と組合との間に労働協約は締結されず、会社は一方的な掲示をもって、協約締結の障害となった支給額減額に関する問題は将来の交渉に委ねることを留保して、会社の組合に対する回答通りの支払をしたものであるから、このような一時金の支給は明らかに会社の一方的意思に基づく仮払いであり、会社と原告らとの間には本件一時金支払についての合意は存在しないのであるから、原告らは会社に対し一時金支払請求権を有しないものといわなければならない。右通告が仮払いの意思表示であることは次のことから明白である。

(一) 昭和五四年一二月一八日の団体交渉において会社は本件一時金の仮払いを発表したが、その際「欠勤控除については年末年始は休戦し、一月一五日以降に再協議しよう」と述べ、本件一時金の支払があくまで暫定的な仮払いであり、計算方法を含め、最終的には組合との協定を締結することにより解決する趣旨であることを明らかにしている。

(二) 一二月二一日の社内掲示の最後の部分で「このような信念をもって、会社は組合の理解を得るために、そして早い時期に合意に達するために組合と交渉を続けていくつもりです」と述べ、会社としては、この問題について引き続き組合と交渉し、労働協約を締結する予定であることを明らかにしており、一時金の支給は、それまでの間の仮払いであることが右掲示の内容自体からも判る。

(三) 右掲示のとおり、一二月二八日及び同月三〇日に組合との団体交渉において本件一時金につき交渉が行われている。

(四) 昭和五四年夏期一時金についても冬期と同様の仮払いが昭和五四年八月一五日に行われたが、夏期一時金についてはその後の組合との交渉の結果、同年九月五日に労働協約が締結された。同協定第二条(6)には「昭和五四年八月一五日に支給した暫定支給額」と記載されており、組合も八月一五日の支給が暫定的なものであることを認めている。そして、八月一五日の夏期一時金についての仮払いの際にも、会社は全従業員に同様の通告をしている。

2  給与規程及び労働契約の内容について

本件給与規程第一二条B項は、無給欠勤が月間就業予定時間の五〇%を超える月がある場合についてのみ規定しているのであって、無給欠勤が「五〇%以下」である場合の計算方法についてはなんら規定していない。

また、右規定はあくまでも一時金支給対象期間中に従業員が通常の欠勤をした場合の計算方法であって、ストライキ又は組合活動により不就労になった場合のことは全く規定していない。このことは右規定の「欠勤」にあたる英文と就業規則第一四条の「不就労」又は「欠勤」にあたる英文とが全く同じ字句を用いており、しかも、右一四条の欠勤は、所定の手続きを守らなかったときは懲戒処分の原因となると規定されているところからも明らかである。

しかも、この給与規程は昭和四〇年に初めて会社において内部的基準として一方的に作成されたものであり、その作成について組合の意見を徴したり、これを従業員に周知させるなどの措置は全くとっておらず、この給与規程の全文を組合に手交したのは昭和四八年になってからであり、その後何回かの改正についても、就業規則改正の手続はとっておらず、現時点に到るまで従業員に配布されているものでもない。労働基準監督署に対する届出も最近になって初めてなされているものである。給与規程の実態はこのようなものであったのであるから、かかる給与規程をもって、昭和四〇年頃以降継続して就業規則としての効力を有する規定であったとか、或いは、その規定の内容が、既に原告らと会社との間の労働契約の内容に転化していたとする主張は実体を無視するものというべきである。

3  本件一時金支払請求権の根拠に関する原告らの主張とこれに対する反論

原告らは、昭和五四年一二月二一日に会社が全従業員に対し会社提示案に基づき本件一時金を支払う旨通知し、会社がその通知に従い従業員に一時金を支給したこと、そして、従業員から三・五ケ月の支給率につき異議が出ていないことをもって、昭和五四年冬期一時金について、支給額は「基礎額×三・五ケ月」という点について労使間における合意なり規範が成立していると主張する。

しかし、右主張は以下に指摘するように甚だ不明確な主張であって、このことからみても根拠薄弱な主張といわなければならない。

すなわち、右主張は本件一時金の支給額について「労使間における合意なり規範」が成立していると述べているが、右にいう労使間とは、会社と組合との間のことを指すのか、会社と従業員との間のことを指すのかが明確でない。

更に、「合意なり規範」と述べているが、いずれを支払請求権の根拠とするのか不明確である。また、規範とはいかなる根拠に基づくいかなる内容のものを指すのかも不明確である。

原告らは故意に右の様な点を不明確にしている。それは明確に限定することが原告ら自身にも困難であるからと思われる。

次に、原告らは、三・五ケ月の支給率について「合意なり規範」が成立したとする根拠を、従業員が異議を出さなかったという事実に求めている。そうであるとすれば、従業員が異議を出さなかったのは、三・五ケ月という支給率だけを特定して、そのことについて異議のない旨意思表示したのではなく、会社提示案に基づき現実に支給された金額について特段の異議を述べなかったものであるから、合意なり規範は、会社の提示案又はこの提示案に基づいて計算し支給された金額について、成立していると言わなければならない。

一二月二一日付の会社の全従業員に対する通知においては、支給額を三・五ケ月にするというような数字の明示はなんらしておらず、単に「冬期ボーナスを会社の提示に基づきすべての従業員に…支払う」と述べるとともに、会社が提示している計算方法、すなわち、月の欠勤時間が予定勤務時間の五〇%以下の場合であっても欠勤時間に応じて一時金を減額するという計算方法の正当性について説明し、更にそのような正当な計算方法ではあるが、会社は組合の理解と納得(合意)を得るために、組合と交渉を継続して行く旨を告知しているのであるから、この通知に対して従業員が異議を述べなかった事実関係を、三・五ケ月の支給率についてのみ従業員は異議を述べなかったと主張するのは、甚だ恣意的な主張と言わなければならない。特に右の会社提示案に基づき計算し支払いはするが尚支払方法について組合と交渉し合意に達するよう努力するとした部分については、異議を述べたと主張する趣旨であるとすれば、それはいかなる事実関係に基づくものであるかを明らかにすべきである。

更に、会社の右通知書にいう「会社提示」とは、一一月八日会社が組合に対して回答した内容を指すものと認められるが、この回答の内容は、「年末賞与」の標題の下に(1)金額、(2)基礎額、(3)対象期間、(4)支給対象資格、(5)計算方法、(6)支給日、と記載し、賞与に関するすべての支給条件を明示しているのである。このように会社回答においては、支給金額に関する記載は、冬期一時金支給条件の一つにすぎず、この条件だけが合意されても、他の諸条件が決まらなければ現実に一時金は支給できない。そこで会社回答においても、これらの支給条件は一体をなすものとして記載されているのである。このような内容の会社提示案に対し、従業員が自己に都合のよい支給条件、すなわち金額の点だけを異議なく了承したと言ってみても、その他の支給条件について未確定または異議があるということであれば、一時金は実際上支払えないのであるから、結局かかる場合は冬期一時金支給について合意が成立していないと言わざるを得ない。従業員の側において異議のない支給条件に関してだけ合意が成立し、会社においてその合意に基づく一時金支払いの義務が発生するというような主張は、すべての支給条件が決まって初めて現実の一時金支給が可能になる実態を忘れた抽象論と言わなければならない。もしそのような事が可能であるとすれば、従業員は本件で問題になっているような欠勤時間に応じて賞与額を減額するという計算方法のみならず、例えば支給対象資格として記載されている「昭和五四年一一月一五日以降入社した社員を除く」との条件にも異議を留め、その他の支給条件は異議がないとして、右日時以降に入社した社員も会社に対し冬期一時金を請求する権利を取得できるということになるのであって、あまりにも一方的かつ不合理な主張であることは明白である。

原告らは、年末要求につき会社が組合に一一月八日に回答し、組合が一二月四日に妥結通告した段階では、三・五ケ月分の支払について合意が成立しないことを概ね自認している。それは右会社の組合に対する回答は、一体をなす賞与の支給条件を回答したものであり、内容的に分離できないものであるから、このような会社回答に対し組合がその支給条件の一部について受諾し、他の部分については受諾できないとの内容で妥結通告を行なっても、組合が受諾した範囲において合意が成立し賞与支払義務が発生するというような法律構成が不可能であることを自認するからにほかならない。

一二月二一日の会社の通知は一一月八日の会社回答と全く同一ではなく、一一月八日の会社回答に基づき支給するが、計算方法については尚今後組合と交渉し合意に達するよう努力するとの留保を付しているものである。つまり一一月八日の会社回答を最終確定的なものとするのではなく、あくまでも暫定的な支払方法として右回答に基づき支払いを行うとするものであり、被告が主張するとおり、それは仮払いの意思表示である。このように最終的な決定ではなく仮払いの意思表示であったが故に、従業員は異議なく右通知に基づく支払いを受領したと考えられるのであって、そうであるとすれば、合意の内容は会社通知のとおりであり、計算方法もとりあえずは会社提案に基づくとの点で合意が成立していると考えられるのであるから、それにも拘らず原告らがかかる計算方法を違法であるとして主張することは合意に反するものといわなければならない。

また原告らは前記会社の通知によって会社は基礎額の三・五ケ月は支払う義務を負担し、あとはただ欠勤控除について一方的に不利益に変更できるかどうかが残されただけであると主張するが、欠勤控除について右通知は一方的に不利益に変更するとは述べていないのであり、尚組合の理解と合意を得るため交渉を継続する旨を明白にしているのであるから、一方的な不利益変更の意思表示でないことは明白である。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1の事実(当事者)は当事者間に争いがない。

二  当事者間に争いのない事実と(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

組合は、昭和五四年一〇月二五日、会社に対し、年末一時金の支給などを求める「一九七九年年末要求書」を提出し、同年一一月八日の団体交渉の席上でその回答をすることを要求した。右組合の要求は、一時金については「(イ) 支給額基礎額×四・三五ケ月プラス一〇万円(ロ)基礎額とは基本給、住宅手当、家族手当及び年功手当の合計額とする。(ハ) 支給日・支給方法 一二月一〇日に一括銀行振込みとする。(ニ) 支払対象期間 一九七九年六月一日から一九七九年一一月三〇日までとする。(ホ) 支払い対象者 支払い期間中全期間在籍した組合員に対しては全額とする。支払い対象期間中に途中入社、退社した組合員については全額×日数/183とする。」というものであった。これに対し、会社は組合に対し、一一月八日の団体交渉の席上で一時金について次のとおり回答した。

(1)  金額 基礎額×三・五

(2)  基礎額 昭和五四年一一月三〇日現在の基本給、住宅手当、家族手当及び年功手当の合計額

(3)  対象期間 昭和五四年六月一日より昭和五四年一一月三〇日まで

(4)  支給対象資格 昭和五四年一一月三〇日在籍の正規社員。但し、昭和五四年一一月一五日以降入社した社員を除く。

(5)  計算方法 対象期間中に入社した社員及び対象期間中無給で完全に就業しなかった社員に対しては、下記の計算により支給される。

支給額=賞与対象額×対象期間中の就業月数/6

就業月数とは暦月で、その月の予定勤務時間の五〇%を超えて無給で欠勤した場合、その月は就業月数に加算されない。

尚、無給欠勤時間がその月の予定勤務時間の五〇%以下である場合は、下記により減額する。

支給額=賞与対象額(A)-{(A)×アンダータイム/907.8}

(6)  支給日 昭和五四年一二月一〇日

但し、一一月末日までに妥結した場合に限る。その後はその時に支給日を決定する。

その後、組合と会社は、数回にわたり右会社回答について団体交渉を行ったが、右(5)の尚書の部分(本件欠勤控除規定)以外についてはほぼ合意に達したものの、本件欠勤控除規定については組合が強くその導入に反対したため合意に達することができなかった。組合は、会社回答に定められた支給日が近づいたため、一二月四日の団体交渉の席上で、会社に対し、本件欠勤控除規定を除いて会社回答をもって妥結する旨の妥結通告を行った。同月一八日の団体交渉の席上で、会社は組合に対し「会社回答に従って一時金を同月三一日に支給する。争点の本件欠勤控除規定については、年末年始は休戦し、一月一五日以降に再協議しよう。」と通告し、同月二一日、「会社は冬期ボーナスを会社の提示に基き全ての従業員に一二月二九日に銀行振込により支払うことをここに確認します。現在会社が提示している計算方法は日本の主要産業に於て長い間受け入れられている慣習である正常な取扱いに基づくものです。会社はノーワーク・ノーペイの理論からみて正常な支払い方法の実行の導入は従業員に最も公正な待遇を与えると信じています。この伝達の後も会社は組合の理解を得るために、そして早い時期に合意に達するためにも、組合と交渉を続けていくつもりです。」旨の文書を掲示板に掲示し、同月二九日までに全従業員に対し会社回答に従って一時金を銀行振込により支給した。その後同年中に一、二回、組合と会社は、本件欠勤控除規定の取扱いについて団体交渉したが、合意に達することができず、原告那須外九名は、昭和五五年一月一日、会社が本件欠勤控除規定を一方的に適用して一時金を減額支給したことは不当であるとして本訴を提起した。その後、本件欠勤控除規定の取扱いについて、昭和五五年夏期一時金交渉の中で組合と会社は協議したが、合意するに至らず、会社は、昭和五五年四月二九日、本件については現在当裁判所に係争中であるので、その解決は司直の判断を受けて行う旨表明し、組合と会社との本件についての交渉は事実上決裂状態となった。

右事実によると、本件一時金に関する労働協約が締結されなかったのは、本件欠勤控除規定の導入について組合と会社の協議が成立しなかったためであるが、右規定を除く会社回答については、組合、会社双方とも異論がなく、会社がその回答通りに一時金を支給したことによって、今後の変更の余地がなく確定したものというを妨げない。しかし、本件欠勤控除規定は一時金支給の計算方法の一つであるから、右規定の導入の有無が確定しない限りは、本件一時金の金額も確定しないということになる。そして、会社は、本件一時金交渉の中で、右規定の導入については今後とも組合と協議していく旨を表明し、前記一時金の支給後も組合と交渉を重ねていること、更に、成立に争いのない(証拠略)によって認められる昭和五四年夏期一時金交渉の経過、すなわち、会社は、右一時金の支給についても、本件欠勤控除規定と同趣旨の「五〇%以下」の無給欠勤については一定の割合で控除する旨の規定を導入することを求め、組合と協議が成立しなかったものの、右会社回答に従って一時金を全従業員に支給したこと、しかし、その後組合と会社が交渉した結果、会社は本件欠勤控除規定と同趣旨の規定の導入を撤回して右一時金に関する労働協約を締結し、その差額分を全従業員に支給したこと、以上の事実を総合すると、本件一時金を支給した段階においては、会社が支給した一時金が将来変更の余地がなく確定したものということはできず、この点で被告の主張は理由がある。しかしながら、会社と組合とのその後の交渉の結果、昭和五五年四月二九日に会社が前記のとおりの意思表明を行い、組合との交渉によっては本件の解決が得られないことになったのであるから、会社が会社回答に従って支給した本件一時金はその段階で確定的になったものと認めるのを相当とする。

原告らは、「五〇%以下」の無給欠勤については一時金から控除しない旨の合意又は慣行があるから、会社は一時金を支給するときには、従業員の同意のない限り、右合意又は慣行に拘束され、一方的に本件欠勤控除規定を適用することは許されない旨主張するので、項を改めて検討することとする。

三  請求原因3の(一)の(1)の事実(給与規程第一二条)は当事者に争いがなく、成立に争いのない(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

昭和三九年冬期から同四四年冬期までの一時金に関する労働協約においては、支給月数のみが定められていた。この間、昭和三九年一一月に組合が五時間の時限ストを行ったほか、組合活動のために「五〇%以下」の無給欠勤が生じたが、月例賃金からの控除はあったものの、一時金からは一切控除されなかった。

昭和四五年夏期から同四八年冬期までの一時金に関する労働協約においては、支給月数、或いは支給月数プラス一律上乗金のほかに「手当の計算については、現行の会社規定に依るものとする。」との文言が導入された。右の「現行の会社規定」とは前記給与規程を指すものであった。この間、組合活動、ストライキ等のために「五〇%以下」の無給欠勤が生じたが、一時金からは一切控除されなかった。そして、昭和四八年冬期一時金の対象期間中に、組合役員二名が五〇%を超える無給欠勤をしたため、会社は労働協約、給与規程第一二条を根拠として、右一時金から所定の控除を実施した。これに対し、組合は、組合役員については給与規程第一二条を適用しない旨要求し、会社と交渉した結果、会社は右控除分に相当する金員を組合に支給した。

昭和四九年夏期から同五三年冬期までの一時金に関する労働協約においては、支給月数のほかに給与規程第一二条と同内容の規定が導入された。この間、組合活動等のために「五〇%以下」の無給欠勤が大量に発生したが、一時金からは一切控除されなかった。そして、五〇%を超える無給欠勤をした組合役員については、組合と会社が交渉した結果、いずれも政治的な解決がはかられた。

そして、昭和五四年夏期一時金支給に関する経過は既に認定したとおりである。

以上の事実によると、給与規程第一二条及び各労働協約には、五〇%を超える無給欠勤については一定の割合で控除する旨の規定があり、組合活動、ストライキ等で右規定に該当するときには右規定が適用されてきたこと、その反面、昭和三九年冬期から同五四年夏期一時金までの対象期間中に「五〇%以下」の無給欠勤が生じていたが、一切一時金からは控除されておらず、この点につき会社も異議がなかったのであるから、組合、したがって原告らと会社との間には、「五〇%以下」の無給欠勤については一時金から控除しない旨の黙示の合意が成立していたものと解するのを相当とする。

そうすると、本件欠勤控除規定は、たとえそれが会社にとって合理的なものであっても、右黙示の合意に反するものであるから、原告らの同意がない限り、会社は右規定を一方的に適用することは許されないといわなければならない。そして、右規定を除く会社回答については既に変更の余地がなく、組合、会社双方とも異論がないのであるから、原告らと会社との間には、右部分について合意が成立したものというを妨げず、昭和五五年四月二九日に組合と会社との交渉が決裂した段階で、原告らは会社に対し、右合意に基づく一時金請求権を取得したものと解することができる。

会社回答のうち、本件欠勤控除規定のみを適用せず、その他の条件を会社回答通りにして一時金を計算すると、原告らが現実に受領した金額との差額が別紙請求債権目録記載の通りの金員となることは当事者間に争いがない。

そうすると、被告は原告らに対し、別紙請求債権目録記載の金員及びこれに対する昭和五五年四月二九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきであるが、その余の支払義務はない。

四  よって、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、民訴法九二条、九三条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下山保男)

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